社会不適合者の生き方

こんにちは。からあげです。

 

いつだろう?他人と持続的かつ良好な関係を築くことができないと気がついたのは。私は友好的に接しているつもりなのに、いつの間にか避けられて端っこに押し退けられている。

嫌われ者の私がいることで、クラスや職場の結束力が高まる。私は他人の結束力を高めるために、この世に存在しているだけなのか?

小学校の通知表には毎回のように、「協調性がない」「落ち着きがない」と書かれた私だが、他の人間と協調しようにも、そもそも相手にされない、口をきいてもらえない、などとまったく取り付く島がない。協調性がないのは、実は周囲の人間ではないのか?そう考えたこともある。一歩退いて他人に合わせてばかりいても、他人が私に合わせてくれることはなく、気を使うのが馬鹿らしくなってくる。

そもそも今の社会が自分の暮らしやすいようにできていない。ごく一部の特権階級が美味しい思いをできるように、巧妙に社会が形作られている。ところが、支配されている当の奴隷どもは洗脳されていて、そのことに気づきもしない。

以前、あまりにも生きるのが辛くて、心療内科に通ったことがある。その時診断されたのは「抑うつ性神経症」というもの。鬱病とは違うらしいが、医師の説明を聞いても理解できなかった。

精神薬を服用してみても、眠くなったり食欲が異常に増して太ったりするだけで、気分が晴れることはなく、精神薬服用の後ろめたさを感じただけだった。

持って生まれた気質が強く影響している神経症に、薬が効くわけがない!効かないわりに副作用だけは強い精神薬と顔色の悪い医師のまるで他人事のような素っ気ない対応に嫌気がさして心療内科に通うのは自分で勝手に辞めた。このまま薬の服用を続けたら、廃人にされかねないと怖くなった。

その後、ネットで調べて自己診断した結果、自分はどうも発達障害らしいということに気がついた。それで知能検査を受けてみたが、全くの普通の知能だった。

私は生まれつきの社会不適合者。この先、どうやって生きていけばいいのだろう?

寝太郎さんに感化されて、小屋を建てて暮らしてみたものの、どうも私にはしっくりこない。自然は好きだし、シンプルな生活も好き。だが、ひと所にじっとしていられない。そういう質なのだ!

私は移動生活の中に自分の居場所を見つけてもいいのではないか?そう思える。頑張って自分の居場所を創ったとしても、すぐに飽きてしまいそう。まだ私は定住する時期に来ていない気がする。あと少し。50代半ばになるまで他のことをしていた方がいいような気がしてきた。

定住するのは爺さんになってからでも十分できる。もちろん移動の足は自転車。維持管理、運転のストレスの多い車などに今さら乗る気にはなれず、かと言って原動機付きのオートバイは楽すぎて退屈。ローテクで自分のペースで走れる自転車がぴったり。

社会不適合者は無理して社会に合わせる必要はなく、社会からある程度の距離を保ち、自分の好きなように生きていくに限る。それが社会不適合者としての生き方だ!

今急激に変わりゆく社会がひょっとしたら、自分に合うようになるかもしれないという、密かな期待もあったりする。今現在適応している人間も、そのうち適応できなくなり、辛い人生を歩むことになるかもしれない。

自分が何者か知らない奴隷たちよ、私が受けた地獄の苦しみを存分に味わうがよい!ヒヒヒ

この先社会がどう変わろうと、自分の好きなように生きていけるよう、不要なものごとは排除して身軽になっておいた方がいい。それだけは確か。

身軽な人間こそ、変化に付いて行ける。

 

さて、疲れたので、今回はこれでおしまい。

今後もしばらくおっさんのリフレッシュ休暇は続く。

独り言
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