こんにちは。からあげです。
混雑する広島を避けて、しまなみ海道を走りたいために思いついたのは、柳井からフェリーに乗って松山へ渡ること。フェリー代が必要だが、ほぼ最短ルートで無駄がない。この機会を逃すと、当分しまなみ海道は走れないかもしれない。思い立ったが吉日とばかりに、フェリーに乗ることした。この時走っていて正解だった。
天気予報が外れないかと思いながら眠ったが、テントを叩く雨音で目が覚めた。局地的な予報だと外れることもあるが、広域的な天気はまず外れない。諦めて出発準備をする。
ゆっくりと朝食をとりながら、テントを撤収するタイミングを伺う。
待てども待てども小降りになる気配がない。
超高速でテントを撤収し荷物を積むと、橋の下に避難する。
昨日目を付けたところであったが、駐車場が近すぎるので止めにした。
止めてよかった。朝早くから車の出入りがある。カバンに放り込んだ荷物を取り出して整理して詰め直す。できるだけ体積を減らして空気抵抗を減らし、重量バランスを保つようにする。
冷たい雨に打たれながら走る。この時はまだレインスカートの開発前で、カッパのズボンを履いていた。いくら冬とはいえ、走っているうちに蒸れてくる。下半身の蒸れはケツ痛の原因となる。
雨が多かった2020年冬の経験がレインスカートの開発に繋がったと信じている。当時の自分に教えてあげたい。
しばらく走って柳井の市街地に入った。
歩道は広く自転車でも走りやすい。よい点は柵や縁石などで完全に分離していないこと。状況に合わせて走ることができる。
フェリー乗船前にスーパーで買い物をしておく。
店の出入り口に「ベンチ撤去」の貼り紙があった。全国一斉なのか、それとも中国地方だけのことなのかは不明。
おそらく店前のベンチで酒を飲んで騒ぐ不良老人たちを追い払うためだろう。暇を持て余した老人が酒を飲んで酔っぱらい買い物客に難癖を付けてくる。そんなことが珍しくなかった。
彼らに逆に説教したくなるのは私だけだろうか。
歪んでもとのように収まらない灰皿。これも奴らの仕業か。
フェリー乗り場にやって来た。
時間は十分余裕あり。
フェリーの乗船券を購入する。
柳井から三津浜(松山)までの運賃は自転車を入れて片道4810円。距離にしては高いが、自転車でそのままで乗れることを考えると十分納得できる料金だ。2輪車の場合、「固縛承諾書」を記載する必要あり。船が揺れても倒れないようにロープできつく縛るためだ。
次々と航路が消えてゆくなか、しまなみ海道を走りたい自転車乗りにとって、この防予フェリーは貴重な存在。周回コースで走るとなると、この航路がひときわ目立ってくる。
今回は1隻がドック入りしていたため、柳井~三津浜の2港間のみだったが、通常であれば屋代島東端の伊保田港にも寄る便がある。時間がある時は屋代島の海岸線を走って伊保田に行きたい。写真を見て今思い出した。
柳井港内のようす
乗船するフェリーが到着したばかり。車と積荷を下ろしている。
こちらは高速船。輪行が必要な小型船は自分にとって縁遠い存在だ。
車のあとで2輪車の番となる。滑らないように注意して乗船する。
余裕たっぷりの車両甲板。平ぺったい壁が気になる。
荷物をまとめて船内に入る。暖房がよく効いていて非常に快適だ。
天井から金魚の飾りがたくさんぶら下がっている。
船内は2等客室のみ。ここは平らなゴロ寝できる大部屋。
雨は小降りになったが、屋根のないデッキ上で過ごしたくはない。
屋根のある場所に椅子が設置されていたが、冷たい風を浴びていると体が冷えてくる。
充実した自販機コーナー。
乗客が思いのほか少なかったので椅子席にいることにした。
モバイルバッテリーとスマホを充電しておくのを忘れない。曇りや雨の日が続くと、すぐに電気不足になる。
小腹が空いたので半額メロンパンを食べる。
半値だから美味しさも半分というわけではない。
大島大橋をくぐる。大畠瀬戸に架かる長い橋。
次回来たときに渡るとしようか。
入港が近づいたところで下船準備を始める。
トラロープでしっかりと固定されている。
上陸準備ヨシ。いつでも走り出せるぞ。
気になる細い壁。これは構造上重要なものに違いない。でなければ、こんな邪魔になるところに作るはずがない。
下船の時を待つ。
およそ2時間半の快適な船旅はあっという間に終わり、松山港の北にある三津浜港に到着する。雨は今もなお降り続いていて、当分の間止みそうな気配はなし。
フェリー乗り場の軒下で少しだけ休憩する。乾いた服が濡れるのは嫌だが、この場に居続ける訳にはいかない。
Googleマップを見て走行経路を覚えてから走り出す。特に走り初めが肝心。方向を間違うとどんでもない方へ行ってしまう。
市街地に入れば雨宿りできる場所が豊富にある。もうこっちのものだ。
平地が貴重な松山では道路の幅が狭く自転車が走れる余地が少ない。歩道上をゆっくり走る。
軒下に避難して休憩をとる。
おっさんの元気の源。玄米ご飯を食べる。
加藤嘉明の銅像
なんとなく親近感が湧く。
予報では夕方になれば雨が上がるとのこと。雨が止むまでしばらく時間をつぶす。
やって来たのは中心部の商店街。屋根付きで快適。ここなら濡れることはない。
商店街の中はスッキリしていて放置自転車の姿が見られない。
松山市営 大街道駐輪場
市内各所に駐輪場が整備されている。自転車は1日1回100円。
平日の昼間では空きは多め。一時利用(日帰り)の駐輪スペースも十分ある。
有人で防犯カメラがあり、深夜早朝は完全閉鎖される。ここは非常に安全性の高い駐輪場だ。
自転車用駐輪金具
自転車はここに停めることになるが、特殊なものの場合はバイク用スペースに停めることもできる。
荷物をたくさん積んだツーリング車を停めるのは無謀。重さでホイールが歪んでしまうだろう。
駐輪場は3階建てで収容数はバッチリ。しかも階段でも楽々上がれるようになっている。
自転車はバイク用スペースに停めさせてもらった。柔軟に対応してもらって無駄なやり取りをしないで済んだ。
全国の町の中心部で暇つぶしできる場所は献血ルーム。2週間に1回は利用できる。
日頃、公園などで水を汲ませてもらっている私としてはその恩返しをしたい。
恩を返すのは当の本人ではなく全く別の人にした方がよい。するとあら不思議、善意の輪が繋がってくる。自分の取り柄は玄米とエアコンなし生活で手に入れた健康な体だ。
献血が終わるころになると雨が上がり、薄日がさすようになってきた。
今夜は松山市内で泊まる予定なので、野宿適地を探しておくことにした。
Googleマップで緑の場所。それは公園だ。全くの適地とは言えないが、水とトイレだけはある。
うむ、ここは気に入ったぞ!後ほどまたやって来よう。
野宿場所の定番といえば橋の下。幅が広く橋が低い。高い橋は横から雨が吹き込むので、それほど快適ではない。理想は下がただの野原。鎌で草を刈れば、野宿一等地になる。
ただ野宿者はよく目立つ。こういう人気のある公園内の橋の下は非常時のみ利用したい。
石手寺の参道をゆく。
ここはおよそ5年前、歩き遍路の時お世話になったお寺だ。境内でこっそりテントを張って野宿していたのに、大目に見てくれた有り難いお寺。当時、重装備に登山靴という格好で歩いていて足を傷めていた。市内で装備の入れ替えなどをしているうちに日が暮れてしまった。行く当てがない私はやむなく戻ってきたのだった。
石手寺の山門をくぐる。懐かしくも苦しかったあのときの思い出が蘇ってくる。
大きな草鞋が下げられている。旅の安全を祈願して置かれたもの。隙間には賽銭がびっしりと詰まっている。
境内から続く旧遍路道。
大雑把な地図しか持たない私は舗装路ばかり歩いていた。それが余計に足を傷めることに繋がった。
急な石段を越えた先には何があるのか。
不思議な魅力を放つ石手寺。
混沌とした境内はまさにこの世そのもの。煩悩が消える時はまさに死を迎えるとき。今を生きろ。そんなふうに言われている気がした。力強い筆の文字が元気を与えてくれる。
1つの鶴を折るのに何分掛かるのだろう。そしてこれだけの束を折るにはどれだけの時間が掛かるのだろう。
地獄の沙汰も金次第という感じがより強くなった現代社会。金さえあれば全て解決!な訳はなく、より問題を複雑にさせ何が何だか訳が分からない状態になっている。無理に無理を重ねてあちこちから悲鳴にも似た軋む音が聞こえてくる。
また来なさいよ、そんなふうに言われている気がした。
夕方になって先ほどの公園に戻ってきた。
足元が悪くなっているためか散歩の人は疎ら。
気配を消して周囲に同化する。すると道行く人は注意を払わずに素通りするようになる。
日没を待ってテントを設営、一晩ゆっくりと休む。
5年経っても変わらぬ町の中で、変わったのは自分だけかもしれない。ふとそんな風に思った。