復興中の陸前高田と気仙沼を抜ける

こんにちは。からあげです。

 

台風が過ぎ去ると、なぜか急に家に帰りたくなってしまった。
一日中、テントの中で今後のことを考えているうちに、今シーズンのやるべきことはやった思えた。

馬鹿みたいに小屋に急いで帰る必要はないが、10月の中頃までには帰ることにしたい。あと2週間。

落ち着ける小屋に戻って態勢を立て直す。今のような明日どこへ行くのかも分からない放浪の身では、しっかりと地に足を付けて考えることができない。

もう、十分だ。欲張ってあれもこれも欲しがると、結局何も身につかない。

昨晩は大船渡市の外れの方、下船渡の高台にある公園で泊まった。下の国道と民家から少し離れているため、静かな夜を過ごすことが出来た。

東屋の中の木製のベンチの上にそのまま寝袋を敷いて眠った。
木は柔らかくて温かいため、マットは不要だった。

まだ台風の余波がまだ残っていて、強風に吹かれながら眠った。

この東屋、一見するとどこにでもあるようなタイプだが、細かいところに配慮した造りとなっている。

先程紹介した木製ベンチの他に、床が地面より一段高くなっていて、雨は直接地面に落ちるようになっている。

これだと風が吹かない限り、雨は中に吹き込まず、中がジメジメしない。実際雨の日に東屋で過ごしてみれば、違いはハッキリする。

この東屋を設計した人間は、しっかりと使う人の身になって考えている。

朝になると風は収まり青空が広がるようになった。今日は絶好のツーリング日和だ!

7時過ぎに公園を出発する。

朝から体調はバッチリ。快調に走って郊外に出ると交通量が減って走りやすくなった。

振り返って最後に大船渡湾を眺める。

こちらは大船渡湾入口。

防波堤の工事は終わったようす。

通岡峠に向かって上っていると、赤いお城のような建物が見えてきた。なんだ、このド派手な建物は?

やって来てみると、なんとパチンコ屋だった!

私はてっきり大人のホテルかと思っていた。このパチンコ屋以外にもカラオケや温泉や本屋があって、一大リゾート地となっていた。

駐車場からの景色はなかなかいい。

ようやくウォーミングアップが終わって体が温まってきたな。
よし、行くぞ!

峠を越えると、陸前高田市に入る。奇跡の一本松で有名になったあの町だ。

峠から麓まで下りると、広大な空き地が広がっていた。
2年前とあまり変わらないようだが、よく見ると僅かに建物が増えている。

国道を逸れて、海岸近くの防潮堤の工事現場を見学することにした。2年前に比べると、防潮堤が随分と長くなった。

現場事務所前で朝礼が行われていたが、済んだようで一斉に作業員が車に乗って外に出てきたので、邪魔にならないように退散することにした。

海岸近くはどこもかしこも工事中だった。

仮設の直線道路をゆく。両側は何もない殺風景な荒野が広がっている。

隣では国道の嵩上げ工事が行われている。

津波に飲み込まれた市営住宅。2年前は幾つか残っていたような気がするが、一棟だけになっていた。

市営住宅は5階建ての鉄筋コンクリート製。

下の階の方は窓枠ごと流されてしまったようで、ポッカリと口が空いていた。

津波の高さは14.5m。
5階の床上まで浸水している。

これでは下の階にいた人はまず助かっていないだろう。

どこまでも荒野が広がる。遠くの方に防潮堤が見えるだけ。

右手は嵩上げ工事が行われている道路。

道の駅は完全に立ち入り禁止となっていた。
以前は建物の外側から中のようすを見ることができた。
敷地内にあったプレハブの展示室がなくなっていた。

そういえば、道の駅の向かいにあったガソリンスタンド。あれも無くなっていた。無理もない。こんな工事車両しか通らない道路ではやっていけないのだろう。

*読者の情報によると、近くの場所に移転したそう。良かった良かった!

奇跡の一本松に寄ってゆく。

周囲はまだ工事中で、歩道は遠回りして一本松まで続いている。

この一本松、海岸の松原で唯一流されずに残った松だったのだが、海水に浸っていたため、しばらくして枯れてしまった。

その後、模造品の松として復活した。

奇跡は二度は起こらなかった。この松の前に立っていると、何とも言えない気分になってくる。津波に流された人の無念が伝わってくるような気がした。

今回は、内陸部に出来た新しい市街地に寄ってゆく。
前回は歩きのため、寄ってゆく余裕は全くなかった。

海岸沿いの仮設の国道から走ること10分。ようやく住宅が見えてきた。左手は区画整理が終わって空き地になっている。

なんと大きなショッピングセンターが建設されていた!

すぐ近くには立派な公園も建設されていた。
過ごしやすそうな東屋もある。この公園で少し休憩させてもらった。

スーパーでおやつとパンを購入した。

ベンチに座って休んでいると、他の人がせかせかと動き回っているのが気になった。働き盛りの人間でのんびり休んでいたのは私だけだった。

気にするな、おっさん!

このショッピングセンターの片隅に、なんと立派な市立図書館があった。中を覗いて見ると、木をふんだんに使った豪華な造りで、セキュリティー付きのWi-Fiと充電用のコンセントが付いた机が整備されていた。

なんと快適な図書館だっただろう!

フラリと館内の見て回っていると、なんと弱虫ペダルを見つけてしまった!なんということだ。最新の人気漫画が置いてあるとは!

他にもいろいろな漫画が置いてあった。ここはネットカフェか?
凄い吸引力だ。

いつの間にか、漫画の世界に入ってしまって、気がつくと午後1時を過ぎていた。このままズルズルと読んでいると、間違いなく日没を迎えてしまうだろう。近くには立派な東屋とトイレがある公園があってねぐらには困らない。

閉館まで漫画を読みまくって公園で泊まろうか?そんな悪魔の囁きが聞こえてきたが、聞こえないフリをして本棚に漫画を戻して図書館を出てきた。

ふぅ〜、危ないところだった。弱虫ペダルはまたの機会にしたらいい。いい子にしていたら、続きを読む機会が必ずやって来るだろう。今回は2年目のインターハイが始まったところで終わりにした。

国道に復帰して気仙沼を目指す。

2年前は工事中だった橋もだいたい完成していた。

陸前高田市立気仙中学校

震災遺構として残すらしい。瓦礫と化した建物が残されていた。鉄筋コンクリート製の3階建ての建物。

なんと校舎の屋上まで津波に浸かってしまっている。
さぞかし被害者がたくさん出たのだろうと思っていたのだが、なんと職員、生徒ともに避難して全員無事だったようす。日頃の避難訓練の成果が出たに違いない。

追い風に乗って国道45号線を快調に走っていたのだが、これより先は自動車専用道路のため、自転車は走行できない。
迂回して旧道を走る。2年前に来た時は、かなりの大回りになるため、ガックリとしてしまった。しかも迂回中に雨が降り出して散々だった思い出がある。

迂回路をサクッと走って国道45号線に復帰する。
唐桑トンネルは一般道で自転車も走行できる。ただし、歩道がないため、気をつけて走行しなければならない。

蘇る2年前の悪夢。
私はプロモンテのアンアクターというポンチョを着てトンネルを歩いた。狭いトンネル内で立ち止まって脱ぐわけにもいかず、そのまま着ていた。ヘッドランプを点滅させていたのだが、色が目立ちにくいカーキ色で対抗する車のドライバーがビックリしていた。

雨の日にトンネルを歩くヤツなんて居るとは思ってもいないだろう。迫りくる車の恐怖に耐えて歩き続けたのだった。

トンネルを抜けたあとは、町までどこにも休憩する場所がなく、結局麓まで歩き続けた。あれは地獄だった。疲れたのに休めない。重たいザックのストラップが肩に食い込む。いやあ、今思い出しただけでも疲れてくる。

よし、行くぞ!唐桑トンネル!!

大型車をやり過ごしてから進入を開始する。
始めは怖かったが、次第に慣れてきて随分と気持ちが楽になった。自転車は左側通行でスピードも出るため、車との相対スピードが徒歩に比べて遅くなる。それにテールランプと反射材でかなり目立つ。それほど怖い思いをすることなく、トンネルを通過することができた。

下り坂はノーブレーキで町まで下りてきた。
自転車だとあっという間だった。

陸前高田から気仙沼まで楽々2時間で来れてしまった!改めて自転車のスピードの速さに感動する。以前歩いているから、余計にその違いが分かる。

気仙沼の町は空き地が多いながらも、建物が随分と増えたような気がする。埃っぽかった道路も随分と小奇麗になっている。

寄り道して工事中の港の方に行ってみる。
岸壁の外側に沿って少し低めの防潮堤が建設されているところだった。

港の岸壁にはいくつもの漁船が係留されていて賑やかだった。
前回は町のあちこち工事中で、どうやって市街地を抜けたらいいのか、警備員の人に聞いて回っていたのだった。

岸壁には陸電設備がまだないようで、発電機を設置して船に電気を供給していた。

発電機を回すと煩いし、定期的に運転状態をチェックしないといけないため、たいていの船は岸壁に付けた時は陸上から電源を取るようにしている。

カッコいいいか釣り漁船。

前部のマストには大漁旗が掲げられていた。

大島の渡し船も運行していた。2年前は不明。

気仙沼の沿岸部はまだあちこちで工事が行われていて、工事用の車両が多く通るため、車の流れが悪くなっている。

魚市場にやって来た。
すでに3時を回っているためか、ほとんど人気がない。

見学コーナーがあって、一般人も中に入って市場のようすを見学することができる。

やっぱり朝に来ないとダメだな!

新しく出来たと思われるシャーク水族館。

いろいろなサメが飼育されているのだろう。それほど興味がないのでスルー。

市街地には多くの広大な空き地が広がっている。ポツリポツリと新築の家が建っているが、数は少ない。

中心部を抜けて県道26号線に出ると、一気に雰囲気が変わる。
この部分だけ見ると、津波の被害はほとんどなかったように見える。

イオンに寄って食料の補給を行う。

気仙沼のイオンは、2年前にも来たことがある。あの時はボロボロになった体で夕方ごろようやく辿り着いた。お腹が空いていたので、惣菜コーナーであれこれ買って食べたなあ。

自転車はたくさんの荷物を運べるため、食料を多めに持つことができる。

生カツオの刺し身を食べて栄養を付ける。
カツオのタタキと違って生々しい食感だ。かなり美味いぞ!

イオンで休んだあと、さらに南に向かって走る。
ペットボトルの風車がたくさんあった。ここは2年前もあってよく覚えている。

夕暮れは近い。追い風に乗ってスイスイと走る。
こんな最高の日に漫画を読んでしまい勿体ないことをした。

普通に走るだけでも120kmくらいは進めただろう。いや、いいんだ。これで。ツーリングは競争じゃない。自分のペースで走るものだ。

本日のねぐら

道の駅「大谷海岸」に到着!あまり道の駅は好かないのだが、気仙沼より南はなかなかいい野宿ポイントがない。どこもかしこも工事中で立ち入り禁止となっている。これまでのところ、2年前から状況はあまり変わっていないはず。

無難に行こう。

道の駅裏手にあった昔の駅はロープで封鎖されて立ち入り禁止となっていた。駅のホームでテントを張ろうと思っていたのに。。。

こうして今日も日が暮れてゆく。

片隅のベンチに腰を掛けてメモを整理していたところ、道の駅の人が近づいて来て、「今日ここで泊まるんだったら、情報コーナーの鍵を開けておくから、中で寝るといいよ!」と声を掛けてくださった。

こんなに野宿者にフレンドリーな道の駅だったのか!ありがたく泊めさせてもらうことにした。

今は中でブログ更新をしているところだ。道の駅のセキュリティー付きのWi-Fiがあって、サクサクと作業ができている。ふぅ〜、これでゆっくり眠ることができる。

 

今日は津波の被害が酷かった陸前高田から気仙沼を見て回って疲れてしまった。なんというか、未だに残る瓦礫や広大な荒れ地を見ると疲れた。明日も被害の酷かった南三陸町の現在のようすを見て回る予定だ。

明日に備えて十分休むとしよう。

 

おわり

コメント

  1. ぽんたちゃん より:

    こんにちは、からあげ隊長
    これはアドバイスでもなんでもない私の独り言ですが、
    私も、Panasonicの電動自転車 ジェッタ(デスクブレーキ車)と
    ロードバイクのジャアイントの初心者向け自転車に乗っています。
    ブレーキは、標準がTEKTROR340ブレーキでして。効きは全くよくありません。
    買ったときに、ブレーキをシマノのVブレーキの105 BR-5800に全部交換しました。
    効きはかなり良くなりました。隊長のからあげ号もシマノのVブレ―キに替えたり
    しないのですか。? 
    自転車乗りは普通よいブレーキに変えると思うのですが。ただの疑問です。

    • karaage より:

      Vブレーキに替えたら多少は効きが良くなるかもしれませんが、リムの削れは解消されません。荷物を積むと、ブレーキの効きの悪さが目立ちます。

  2. 中野貴徳 より:

    こんばんは。
    今回もお会い出来ず残念でした。どこかで機会があれば是非お願い致します。

    今回の記事で、ちょっとだけ情報の修正をさせてください。

    津波の被害があった中学校の校舎は、陸前高田市立気仙中学校です。 「沼」が一文字多かったです。
    それから、この校舎では皆避難して、生徒も職員も犠牲者はありませんでした。

    からあげ隊長に対するアドバイスのつもりはないのですが、事実訂正だけお受け頂きたくお願い致します。

    これからもご活躍を楽しみにしております。

    • karaage より:

      事実と異なることを書いてしまったことをお詫びして訂正します。

      学校名を見た時、陸前高田なのに、気仙沼だとは変だなと思っていました。

      はい、またの機会にお願いしますね。

  3. 大船渡地元住人 より:

    通りすがりです!
    気仙沼中学校ではなく(旧)気仙中学校ですよ!!あと45号線沿いにあったオカモトセルフ(ガソリンスタンド)は1本裏の通りに移転しました(アバッセの通りです)